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2011年6月

6月28日

朝、この前知り合った人のブログを読む。自分のあまっちょろさにありゃりゃと思う。
そして、走りに出かけた。またもや道に迷ってくたびれたところに、にわか雨。そのまま雨に打たれて歩いていたら、小学生の登校集団と遭遇。きっと○○女とあだ名をつけられたと思う。


いま、四川のチンマー冷麺を食べたから、胃袋がカッカッしている。
仕事帰りに三茶までライブを聴きにいってきた。お目当ては一組だけだったけど、盛りに盛られたラインナップで終了が22時過ぎ〜〜〜。ビールなんて最初の30分で飲みきりましたね。若干、疲労。
でも、生音聴けてよかった。先週の金土日と人のグチや友達のセンスのなさにがく然としたり、熱中症になりかけたり、才能のなさに凹んだりでくたびれていたから。


ねみー。

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6月22日

きょうは学校。
仕事が終わったら飛び出さねばならないのだが、最近の気温では汗だくになる。
歩けばいいんだけど走っちゃう。いや、歩こう。
根がのんびりだから、気を抜くとすぐ時間が経ってしまう。だから、怖いのだ。がしかし、歩こう。汗だくだものね。


先週は風邪で休んでしまったから、行く前はなんか妙に緊張していた。まぁ大丈夫だったけど。
そして、きょうは新たな試みをした。
ノートはシャーペンでとるのだが、いつも消しゴムのクズに悩まされていた。そこで、消しゴムを使わないことをしたのだ。そう、間違えたらグリグリする戦法。

ここまで書いて、大したことなかったなと思いました。

でも、ママで。
あと、きょうはなんとなく流れで飲みに参加しなかったけど・・・・・・いま若干後悔。まだまだ全然みなさんと仲よくなれていないので、行っときゃよかったよ。
来週は! なんか体力的に厳しい気はするけども〜。
いや、グイグイ行こう。なんつったって、3週参加していないのはちょっといかん。

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6月19日

父の日だったけれど、何も欲しくないと父に言われたので何も用意をせずに,
夕飯、近所の中華屋に行って終わりました。
ものなんかより言葉?「お父さんいつもありがとう」なんて言えません。ほんとうにほんとうにその通りすぎて……。

今日は、完全に電源オフでしたので図書館に行ってきました。
手当たり次第、本を物色していたら疲れました。
「なぜ日本人は愛していると言えないのだろうか?」という疑問と「自己保身に走る人間はやっぱ何やってもダメだわ」という再確信と「あ、心が弱ってんだ。不毛な本に手を出しがちですよ、自分」や「マジシャンやっぱ気になるんだ、気になってるね」という気づきがありました。
それにしても、人が多かった図書館。なんでしょう? 若干気持ち悪かったです。

次に前から気になっていた喫茶店を二軒はしごして、本を3冊読みました。
もっとやることがあったけれど、体力と時間の限界でした。というか、タバコの煙が目にしみてパワーダウン。

家路に着く途中、畑の横を通り過ぎたとき、土からまったくいいにおいがしなかった。
魂(ソウル)がない人間にいじられて土もかわいそうだ。なんのためにやってんだろうね?
あとはなんやかんや考えて終わりです。

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6月17日

シャンソン聴いた帰りなのに、ビヨンセちゃんを聴いている。
ビヨンセちゃんはいいわー。

いや、グレコさんは素敵でしたよ。でもね、シャンソンはホールで聴くものではなくて、酒場で聴くかもっと小さな劇場で聴くんだとわかったんです。
そもそもそういう作りなんだと思うし。前の席をとればよかったなぁ。
それでも、グレコさんの声は、ドスがきいているけど心がキューンとなるんですね。なんていうか、表層にはなにもないけど、深層に光がある、んです。


シャンソンの世界は好きだわ。どうしたら、あんなことばが見つけられるのだろう。
これもあらゆることをつきつめ、普遍的なものを見つけるってことか?

普遍、どこにあるんだ?

きょう観てて、小さな劇場でやる意味について考えた。
貧乏・集客に目が行きがちだけど、実は、非常にぜいたくな空間にすることができる可能性がある。前からそうなんですけどね。
額縁に合わせて絵を描くかぁ。
ふむふむ。


それにしても、字幕付きの舞台が増えてきましたが、字幕をサイドに置くのはやっぱなぁ。背景に入れられたらいいのに。

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6月15日

不覚にも風邪をひいた。
鼻から喉に炎症がある模様。
ついでに胃腸に疲労感あり。

昼、なに食べよう?ガッツリ食べて、風邪をはじきとばそう。

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6月12日

一日中持って歩いたVHS四本の重みからやっと夜に解放された。
火曜返却だけど、日曜に返す。心に余裕があります。


31才になりました。
なんの準備のないままですが、やる気だけはあるのでいける気がします。
当日は、TとN子ともつ鍋にたらふく食べ、さらに31でトリプルを食べ、腹がはち切れそうになりながら、プリクラで勝手がわからず30代があたふたしました。
今どきのプリクラ・・・・・・時代の流れを肌で感じました。あの写りになんの疑問を感じないのか?現代っ子は。デフォルメ、ってやつです。


たくさん笑って語って、いい一日でした。

夜中にN子がトイレの日めくりカレンダーでいい言葉をみつけたそうで教えてくれました。

『得難きは時、会い難きは友』

じーん。

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6月9日

けっこう勘違いをする。
いや、理解力がないのか? ずれた捉え方をしがちだ。

思い返せば、小学校のころ、こう思っていたものだ。

国語のテストの答えは二番目に思ったことが正解。

文字どおり、一番目にこれ!と思ったことは正解ではない。そういうことがよく起きたから、こんな法則を導きだした。
こんなんで百点をとれていたんだから、なんて綱渡りな状態だったのだろう。

さらに、当時は誤字脱字が多く、よく父に叱られていた。言葉をしらないことのほかに、思考と書く速度があっていなかったんだと思う。


いまもそんなにかわりはない。だから、けっこうやらかしている。

昨日、学校に行って、自分の一週間の勘違いに気づいた。ほんとびっくりした。
それは、人違いをしていたのだ。
連絡先を交換した人(Aさん)の名前をBさんと間違えて認識していた。そのため、Aさんからメールがきたときに思っていた名前と違う→なんで?通り名?ペンネーム?本名隠しているの?え?ややこしい。あんな笑顔がすてきなあの人は、実はあやしい人物。→なんとも言えない、嫌な気持ちになり・・・・・・。
が、これ勘違い。
昨日、行ってびっくりしたんで誰かに話したかったがそりゃ言えず。
謝りたかったけど、謝ってもね…・・・。
とにかく誤解がとけてよかった。


ここまで昼に書きまして、今です。
なぜか、隣に座る女が毛を抜いては捨てるという、非常に迷惑なことをしやがります。抜いたら毛なんだよ、風向き的にこっちにくるじゃねいかい!


さて、明日が誕生日なのですが、本日プレで会社の方々にごちそうしていただきました。
ありがとうございます。今日はいい日です。
しかし、奥歯の中がなんだか痛む。神経がひらいているのだろうか。
寝たら治る。

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6月7日

けさ、徒歩ジョギにでかけた。
後半、道に迷い、やっと家にたどり着く。えらく疲れた。

きれいな景色の住宅街を発見し、それに惑わされて、方向を間違えたのが敗因である。。。


休む間もなく、出勤。うへぇ。
適当に走るのはリスキーだけど、おもしろい。

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6月5日(2)

会社ではFMラジオを聞いている。
今どきの流行曲もだが、懐かしい曲がけっこう流れる。
そこで懐メロについて気づいたことがある。
その当時はまったく興味がなくても、十年くらい経つと口ずさんだり懐かしいと感じるのは、こうしてラジオなどで何度も聴くからなのだ、と。

前から不思議だったのだ、どうしてみんな一様に歌えるんだろうと。
からくりはそういうことだったのだ。
ヒット曲というのはそれだけ力があり、時間が経っても残ったということはやはりいいところがあるんだ。
この普遍性ってなんなのだろう?

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6月5日

冷たい風が吹いている。もうすぐ雨が降る。
相変わらずおもとの鉢には週一でキノコが生える。気味が悪い。おもとは元気に生きている。
それ以外は……クズマニアは枯れた。ランはもうすぐだと思う。一日一葉が黄色くなって落ちていく。小説みたいで、見るたびに自分の無力さが嘆かわしい。
株分けがよくなかったんだと思う。

誕生日にそんなに重要性を感じなくなった。人の誕生日もあんまり聞かないし覚えない(られない)し。でも、その人が生まれてきたことに感謝している自分がいるということは、やっぱり誕生日は大切なのかもしれない。少なくとも、なんかのタイミングでその感謝を伝えることはしていきたいと思う。ありがとう、と。
誕生日はおめでとうではなくて、ありがとうをいう日なんでは? おめでとうは気安くいえて、ありがとうはなかなか照れくさいけど。

最近自分がペテン師になった気がよくする。
慣れない環境で人見知りが新たなに大勢と関係を築こうとしているからだ。
常にテンションが高めで、なけなしの社交性がふりしぼっていると、何やっているんだろうとうっすら思う。本当のことを言っているけど、本音は抑えて探り探り話すのはものすごく疲れる。
でも、止まるわけにはいかない。だから、やるしかないんだけど気分はどこか沈んでいる。
視界を広ーく広ーく。

金曜に、ホン○タカシの展示をA森と行った。よかった。
なんというか、作ったものなんだけど、そこには正直さがあってなんだかほっとした。
自分はなんと狭い世界にいるのかと痛感。それも、目の前の世界すらちゃんと見えていない。飯のタネの宝庫だってのに。たくさんやることがあると実感。
いいものに触れることは、ほんとうに大切。

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