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2008年9月

顔振峠(こおぶりとうげ)

8時半に起床。
朝食をとり、9時半にN平に電話をする。N平は今仕事で奈良から出てきていて、あるcafeに居候しているのだ。
N平は今年、携帯電話を持つことを止めたので、おのずと連絡方法は電話になる。久しぶりに家電へかける、それもまったく友達が居候しているところ。
N平と付き合っていると、普段自分がしないことをちょくちょくすることになる。それもうまい具合にいくので、このところは楽しんで取り組めている。それはすべてN平の魅力によるものだと思う。
N平は大学時代の友人で、とても大切な人だ。ここ十年で特にN平は大きな変化を経て、いつの間にか今の関係が出来上がっていた。一緒にいるとほっとして心がほぐれる気がして、日々思ったことを話したり尋ねたり、素敵な時間が過ごせる。有難い人だ。

そして、今日の空模様を見ながら、簡単に今日の待ち合わせ場所と時間を決めて電話を切った。

12時半に板橋本町の公共施設。ここでN平が朗読会をしていた。
私は、一昨日もう参加しているから今日は参加しない。というか、遅刻した。思ったより、板橋が遠かった。
遅れても、相手が携帯電話を持っていないとすごく焦る。でも、焦っても変わらないので、勝手にN平の行動をシュミレーションして気持ちを落ち着かせる。朗読会が終わっていろいろトイレなどすることがあるはず、そこら辺が諸々終わった頃に私が登場すればいいのだ、と。

小走りに公共施設の前へ行くと、入り口にN平が立っていた。
ずっと立って待っていたのかと思って謝ると、2・3分前に出てきたばかりらしく逆に待たせて私がどこかに行ってしまったのかと思って心配していたらしい。
いいタイミング!神様に感謝です。

こうして、二人ですぐにでも都心を離れるべく電車に乗った。
西武線池袋駅、すごく懐かしい。大学時代を思い出して、駅構内にあるパン屋でパンを買う。何が好きだったか忘れていたが、よく買って大学に行っていたのだ。
発車待ちの電車の中で、N平はおにぎりとベーグル、私はベーグルとあんぱんを食べた。
N平は、VEAGAN(動物性のものは一切食せず、身に着けない人)なのだ。だから、私と食べるものが少し違う。
N平がVEAGANになったと聞いた時、まったくなんのことだか分からなかった。変な宗教にはまったのかと思ってドキドキもした。そこで、N平の考えを理解するべく調べたり、もちろんN平に話を聞いたり、おすすめの本を教えてもらったり、自分なりに深めてきた。まだ浅いけれど。
余談だが、N平の家のごはんはおいしい。野菜炒めを食べたとき、自分が旨みを感じているのが味付けで、肉などの動物性ではないことに気づいたときは衝撃だった。もちろんおいしい野菜だったのもある。本当に本当においしくて、菜食がいいかもと思った。
食事の好みも変わってきたり、健康診断で高脂血症と言われたり(自己分析で体質的に乳製品の分解が苦手と至る)なんなりで、今自分は野菜中心になっている。肉などはほんの少量食べる感じ。
そういうことを通して、食品の成分表示などをよく見るようになって、つくづく思う。ほんと菜食は大変!菜食は大変ではないけど、菜食することがしにくいのだ。なんじゃこれと思う。
余談しすぎた・・・。

今日の目的地は、吾野駅。
約1時間半ほど電車に揺られる。西武線から見える街並みは懐かしかった。
道中、N平の愛息の出産写真を見せてもらう。出産の知識は、教科書や母になった人たちの経験談のみしかなかった為、ちょいちょい衝撃を受けつつ、ドキマギしつつ。まさに、人間も動物なのだと実感。本当に貴重な写真を見せてくれてありがとう、N平。
また、自分にまったく子供を生むという感覚がないことに気づいた、当たり前なんだけど。子供が欲しいと思うことと生むということはほんとに違うんだなぁ。
それにしても、みんなすごいことをして生まれてきてんだよ。うん。
その他、どうやって子供を諭すかについて話したり、先日ダメだった脚本について意見もらったりして、あっという間に吾野駅。

山里でした!予想以上に山が近い。初秩父。

N平は、みるみる元気になっていくのでうれしかった。彼は、空気の悪さなどから体調を崩し、奈良へ行ったのでした。ちなみに、都心にいる時はマスクをしています。怪しいと言われれば怪しいですが、目が怪しくないので多分大丈夫だろうと私は見ています。

息を吸えば、体中に緑の匂いがいっぱい。N平だけではなく、自分も力が出てくる感じがする。つくづく、自分が普段生活しているところは、空気が汚いと実感。こんなにも、空気に匂いがあることに、また自分の嗅覚がそれに反応できて安堵とうんざりさが交互にやってくる。おいしい空気が吸える環境とそれを感じることができる肉体を常に持っていたいと思います。

二人で談笑しながら、周りの景色を見つつ。川があれば、私は魚を探す。美しい渓流には、ハヤが何匹もいて、子ども時代の私なら本当に本当にテンションが上がりまくりのところをもう28の私はそれなりにテンションを上げて喜ぶ。私は、川魚が好きなのです。食べるというより見たり触れたりすることが好きなのです。
そうこうしていると、湧き水があるところにたどり着き、水をおいしく頂きました。異常に水圧が強いために、思うようにコップに入らず、飛び散る水にズボンが大分濡れました。あぁ、濡れたのが靴下でなくてよかった。

これまでは車道を歩いてきましたが、いよいよ山道に入っていきます。時刻は、16時くらい。日が暮れかかっていました。柔らかく光る太陽に照らされ、前日の雨で粘土状になった土を踏みしめ登る。途中、七福神様を祭ってあり、手を合わせる。その時ちょうど、日の光が真ん中にいた弁財天さんを照らす。N平は、芸事の神様だから何かいいことあるんじゃないと言う。私たちに二人によいご縁がありますように。

山道が終わり、車道に出てしばらく歩く。道には轢かれた蛇の赤ちゃんが二匹転々といた。その時、蛇の模様はやはり独特でゾッとするけども、腹は本当に美しいなと思った。そして、蛇の血は赤い。帰りは踏んで帰らないようにしたいと思った。

茶店が見えた時、N平がここが顔振峠(こおぶりとうげ)だと言った。

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美しかった。曇り空に浮かぶ雲の隙間に暮れかける太陽の光が差し込み、その下には峰、峰、峰が続く。前方には、山しか見えない。本当に美しい。

日々に感動がないと嘆く人、しかし、ここ(自然)には毎日感動がある。あぁ。
しばらく佇むが、空腹が二人を襲う。ならばということで、N平のクッキー(N平はお菓子屋さんでもある)を食べることにした。でも、食べる雰囲気がないなぁと思いながら、数十メートル歩くと、カフェがあった。
ちょうど座りたいし、気になるということでカフェに入る。普通にログハウスの人ん家だった。靴を脱いであがる。テラス席に座ると、目の前にはさっき感動した峰峰が広がっていった。しばらくしたら、夕闇となり、山は畏怖の様相を纏うであろう。それまでのひと時の美しさに見とれながら、コーヒーを飲み、話をする。ゆっくり言葉を紡ぎながら、最近あった出来事、それに伴って悩んでしまったこと、思うこと感じること・・・を話す。
贅沢というのはこんな時間を言うのだろうな。
今朝、N平に聞いてみようと思ったことを尋ねてみた。「心を開くというのはどういうことだと思う?」と。自分が心を開くことがなかなか出来ないでいる気がしていたのだ。心を守るということが分かるが、開くことのイメージがつかめない。
N平は、「心に隙間を作ることでは?」と答えた。つまり、人が話しやすい隙間を作ることだと。
そうかと思った。

そして、下山することにした。

あたりはすっかり暗かった。時刻は、18時少し前。普通の登山ならば、非常に危険なことをしている。でも、今回は、ハイキング程度なので大丈夫。道も山道ではなく車道を歩く。

暗いから周りが均一に見える。もちろん木々や足元などは分かるが、やはり均一だ。話しながら歩いているが、なんだかそのまま自分もこの闇に溶けてしまうような感覚、現実感が遠くにあった。まさに夢見心地。
二人で夢見心地だと言いながら歩いていると、下ってきた車が止まり、下まで乗せていってあげましょうかと言ってくれた。歩いて行くからと、丁重にお断りをする。なんだか人の優しさに触れて有難いと思った。でも、よく考えてみると、暗い道を二人の男女が歩くのは異様だ、ということは、あの人は優しいだけでなく勇気もあるということになるか。

闇はどんどん深くなり、濡れた路面は穴ぼこのように見えてくる。恐怖が少しずつ近づいてきた。さすがに暗すぎて前がよく分からないことになった時、懐中電灯を取り出し歩き進む。少なくとも、止まることはあってはならないのだ。

集落に降りてきた時、家に灯る明かりが温かかった。自然の中にいると、人が作ったものが目に入るとすっごくほっとする。
次第に集落の中心に入り、人が生み出したものに囲まれていくと共に、空気の変化を感じ、行きとは違う安堵とがっかりが交錯する。
でも、N平がいるので心強い。
そして、駅近くにまた、弁天様がいたので、二人で拝む。

駅に着き、汗を拭き、クッキーを食べて電車を待つ。
電車に乗ると、N平は、今日の出来事を振り返り「とても嬉しい」と言った。私も同感である。本当に今日は嬉しかった。
電車は、ぐんぐんと私たちをもと来た道に連れて行く。電車はとてつもなく速い。行きと同じなのだが、その速さに驚くばかりだった。

練馬駅に着き、N平は降りていった。
いつもと変わらない、「ありがとう。またね。」と言い合って。

今日は、心地よい疲れである。都心で歩くと、嫌なくらい疲れるのに。本当に空気というのは大切なんだな。

2008年9月20日

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